- 2004年10月末、手術を受けました。
手術の順番を待つ間、広尾メディカルクリニックのホームページに掲載されている、体験談レポートを読みながら、みなさんのようにすぐに元気になれるにちがいない!と思いこんでおりました。同時に、私も手術の記念にレポートを載せていただこう!と意気込んでもおりました。しかし、私の思いとは裏腹に回復が遅く、胃腸障害に悩まされました。
術後半年近く経った頃から、少しずつ落ち着き、初診からちょうど1年を経た7月、佐々木病院でMRI検査を受けました。その画像を持ち、広尾メディカルクリニックを再訪しました。
術前と術後のMRI画像を比較して、斉藤先生は「こんなにお腹を占領していた筋腫が全て取り去られ、子宮も小さくなりましたよ」そう笑顔で説明してくださいました。画像には子宮がほんとうに小さく、でもしっかりと映し出されていました。不要なものだけを取り、必要なものは残す、私の望む治療を受けられた喜びを実感したのです。しかしながら、その後もなかなか本調子に戻れず、手術から丸1年を経過した今、ようやく生理も来て、子宮が温存された事を実感している次第です。
- ●筋腫を抱えて
- 子宮筋腫と診断されたのは30歳の時でした。
母親とその姉3人が、同病により子宮全摘手術を受けていたので、その診断結果にさほど驚くこともなく「やはり遺伝なのか・・・」と思った程度でした。多くの子宮筋腫患者と同様に「しばらく様子を見ましょう」という医師の言葉を受け、良性の腫瘍であることを自分なりに解釈し、積極的な治療は全く考えませんでした。
6年くらい経過した頃、体調が悪く近所の内科で診察を受けた際、腹部のしこりを確認した医師は、きちんと検査をしたほうがよいと紹介状を書いて下さいました。自分でも気がついてはいましたが「どうせ筋腫だから」と軽く考え、それまで一度も検査を受けることなく過ごしていました。
ところが、その医師は紹介状を書きながら「悪性の肉腫という場合もある」と恐ろしい可能性を指摘され、私は急に不安に陥りすぐさま近くの総合病院で、MRI検査を受けました。そこでの診断はやはり子宮筋腫。肉腫ではないことがわかって一安心しました。大きさからするとすぐにでも手術が必要であると言われたのですが「仕事を長期に休めないので・・・」とその場を凌ぎました。
しかし実際のところ仕事はあくまでも口実でした。「大きさからみて筋腫だけを取る手術には危険が伴い、無理をして筋腫だけを取る手術をすると回復が遅く、その後も再発する可能性があり、再手術をしなければならなくなる」等々、全摘出の選択しかないといわんばかりの説明に「まだしばらくは子宮を取りたくない!」という思いでいっぱいだったのです。いつかは、母や伯母達のように手術を受けなければならないだろうという漠然とした予想はしていたのですが、いざとなると踏み切れませんでした。
その後も検査だけは定期的に受けていましたが、総合病院は医師の入れ替わりが早く、毎回違う先生から手術を勧められては断ることをくり返すことにうんざりしてしまいました。しかも「いずれは手術をしなければならないのだから」という諦めもあり、通院を止めてしまいました。丁度、異動で職場が変わり、多忙になってきた時期とも重なり、仕事を理由に自分の体と向き合うことに恐れていたのかもしれません。しかも私は幸いなことに?過度の生理痛や貧血などの症状がなかったこともあり、積極的に治療を受けよう!という気が起きず、放置してしまったのです。
しかし、体の中で筋腫は着実に成長を続け、自分でも下腹部の塊をしっかり確認できるようになりました。仰向けになると右脇腹が異様に盛りあがり、睡眠中の姿勢によってはかなりの圧迫感と、回数は少ないながら、痛みも感じるようになってきたことでやっと「そろそろ、検査に行ったほうがよいかな・・・」と思いました。
筋腫は以前にも増して成長していることは明らかにもかかわらず、全摘手術以外に選択肢がないだろうと思うと、まだなかなか受診に踏み切れずにいました
- ●子宮温存治療の検討
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なんとか、子宮を取ることなく治療することができないかと考えはじめ、インターネットや医療関係の書物を見るうちに、広尾メディカルクリニックで斎藤先生が行っているレーザーメスによる子宮筋腫摘出術と、動脈塞栓(UAE)による治療を探し当てました。どちらも子宮が温存できるという事で、一筋の光が見えたように思いました。入院期間が短く、開腹せずにすむことが魅力で、UAE治療について、詳しく調べました。
当時は施術している医療機関が少なく、自費診療のところがほとんどだったのですが、静岡にある病院では保険適用により治療が受けられることを知りました。治療についての本を執筆され、経験豊富なK先生がいらっしゃることもあり、以前通っていた病院からフィルム(MRI画像)を借り、思いきって静岡まで行きました。
K先生はとても丁寧に診察してくださいました。そして、症状があまり重くない私の場合は、このまま閉経を迎えられる可能性もあるので何もしないことも治療の一つだとおっしゃいました。
とりあえず、入院に必要な書類や案内などをいただき、いつでも治療が受けられる、急ぐ必要はないのだという安心感に包まれ、病院をあとにしました。それから数ヶ月後、K先生からUAE治療が保険適用外になる、という連絡がありました。費用は高額になるものの、治療は引き続き行われていることを確認しただけで、また、様子見を続けてしまいました。
しかし、やはり筋腫がおとなしくしているはずはなく、とうとう、洋服のサイズを変えなければならないほどにお腹がせり出してきてしまいました。自費でもUAE治療を受けるしかない!そう決心し、再度静岡の病院にアクセスしたところ、K先生の退職に伴い治療が中止された事を知りました。
頼みの綱が断たれてしまい、しばし落ち込みましたが、やはり治療を受けよう!と決めたからには諦めることもできず、K先生にメールを送ってみました。診察を受けてから2年以上経過していたにもかかわらず、新しく勤務された病院でMRI検査をしていただけることになりました。もちろん、治療を前提にしたものでしたが、以前よりも肥大した筋腫が映し出された画像から、「UAE治療ではあまり効果が期待できない。」との診断が下されました。ある程度は縮小しても、根本的治療にはならない事を、以前同様じっくりと説明していただき、十分に納得できました。あとは手術を考えるしかないのだと思いました。そこで、レーザーメスによる斎藤先生の手術について、失礼は承知でK先生に尋ねてみました。
- 子宮筋腫摘出術は、日本では婦人科の範疇だがアメリカでは外科医が担当する
- 子宮という臓器は血管も多く出血量も多くなるため危険が伴う。
- 筋腫だけを摘出する手術は、子宮全摘出よりも技術を必要とするのに保険点数が低いなどの点から、一般の病院ではどうしても子宮全摘手術が優先してしまう現実。
などを話してくださいました。同時に、UAE治療も含め、有効でありながら保険適用が認められない治療はいくつかあり、その判断はあくまでも国であることを教えていただいたのです。
その時、私の意志は固まりました。思わず、「一度広尾メディカルクリニックを受診してみます!」と、K先生に言ってしまったほどです。
幸い、K先生が勤務する病院は、患者にもMRIのフィルムを渡してくださいます。その画像を手に、すぐさま広尾メディカルクリニックに受診予約の電話をしました。診察を受けるのにも順番待ち状態で、二週間後に予約がとれました。
- ●はじめての広尾クリニック
- 受診までの間、ホームページを見ながら、手術体験者の多くが、かなり重い症状を抱えていた事に驚きました。もしかしたら、日常生活にはほとんど支障がない私の症状では、手術をしてもらえないかも・・・たとえ手術していただけるとしても、つらい症状を抱えて順番を待っている他の患者さんに失礼なのかもしれない・・・など、一度は手術を決断しながら、不安に陥りました。しかし、とりあえず一度斎藤先生に診ていただけば、それで気分も晴れるに違いないなど考え予約の日を迎えました。
受診当日、一見クリニックとは思えぬ佇まいに驚き、豪華なお花に囲まれた待合室でドキドキしながら待ちました。名前を呼ばれ入った診察室で、斎藤先生は、MRI画像を見ながら、「よくこんなに大きくて平気だね。」とおっしゃいました。そして、どのような状態で筋腫が存在しているのか、すらすらとわかりやすい絵を書いて説明してくださいました。「このままだと、他の臓器を圧迫してたいへんなことになる、筋腫だけをきれいに取れますよ。」先生はそう断言してくださいました。そして、先生の執筆された本にサインをして手渡してくださったのです。その時「やっぱり思いきって来てよかった」と思いました。
その後、費用や入院期間などの詳しい説明を事務長さんから受け、正直言って費用面での戸惑いはありましたが、手術の順番待ちに名前を連ねていただき、帰路につきました。
- ●家族からの理解
- 両親に手術を決断した事を報告すると、なぜわざわざ自費の手術を受けるのか、すぐには理解を得ることができませんでした。保険が適用されないことはヤミ診療なのではないかという疑念さえ抱いた様子でした。実際、母は子宮全摘出の手術を公立病院で(もちろん保険適用で)受けた経験者です。術後に大きな障害はなく、生命保険による見舞金などもあり、自己負担は小額で済ませた訳ですから、私の決断を不思議に思ったようです。なにもそこまでして・・・と。年齢的なことから、もう子供は無理だという思いもあったようです。手術をする予約をしたものの、両親の理解を得ることができず少々悩みました。
妹の夫が外科の医師をしていることから、筋腫の診断を受けた後、妹夫婦には体調を含めいろいろなことを相談していました。治療については専門外ということで、口を挟むことはありませんでした。常に悪性腫瘍で一刻を争うような患者がほとんどの義弟にすれば、女性にポピュラーな良性腫瘍についてはあれこれ悩む必要もないと思っていたのかもしれません。
そんな義弟が、両親から手術について理解してもらえない事を話した時、「患者がどうしたいか、それが一番大切だ。治療はあくまでも手段であり、患者が治したいという気持ちがなければ効果は得られない。自分が望む治療を受けられるなら、それが何よりだ。」と言ってくれたのです。両親も、身内とはいえ医師である義弟の意見は特別だったようで、妹からの説得も加わり、娘が望むことなら・・・と納得してくれたのです。
“望む治療”、必要な臓器は温存し、不要なものだけを取り除く手術こそ、私が望んでいたものなのだ、そう改めて思い、もう迷うことなく手術の日を待つことができました。
斎藤先生の手術希望者は多く、1年以上待たなければならないのですが、私の場合はかなり大きい筋腫だったので、キャンセル待ちにしていただけました。予定は立たないとの説明を受けていたのですが、やはり仕事を長期に休むとなると調整や準備も必要なため、おおよその期日を問合せたところ、運良く10月最終週ではどうかというお返事がいただけました。通常は月曜が手術日のところ、少しでも早く手術を受けたいと願う患者のため、麻酔科の先生との調整によって、水曜でも手術が行われる事になったそうです。
- ●手術と入院
- そして迎えた10月27日。
同じ日の手術予定者は私を含め3人。のんびり待つのも悪くないだろうと、勝手に遅い順番に決めこんでクリニックに到着したところ、なんと手術は一番目。すぐに着替えや術前処置、あわただしく準備が進められました。同時に、輸血も必要になるかもしれないと、急遽輸血の同意書手続きをし、点滴を下げて手術室まで歩きました。
緊張はしていたものの、テレビでよく見るようにストレッチャーに乗せられ、家族に激励されて手術室内に入るのではなく、自分の足で歩いて手術室に入ることで、恐怖感が軽減されたように思います。同時に看護師の方々に迎えられて入る手術室にも温かみを感じました。
手術台に促され、その落ちそうなほどの狭さに驚き、それまでのお気楽モードが一転、ドキドキしてきた事を思い出します。導尿管が入れられ、腰椎麻酔が始まり、斎藤先生の「お腹を消毒していますよ。」の言葉以降、記憶はありません。ぐっすりと眠ってしまいました。
目が醒めた時はすでに手術終了間際、「もうすぐ終わりますよ。きれいに全部筋腫をとりましたよ。」斎藤先生と看護師さんに声をかけられ、あっという間に終了した感じでした。体験談の中には、手術中の細かい様子や先生との会話など、腰椎麻酔だからこそのエピソードがあったので、私もしっかり自分の体内から筋腫が取り出される瞬間を確認したいと思っていたのですが・・・残念・・・。
病室のベッドに移動した時には、付き添ってくれた妹から、「よかったね。」と声をかけられ、「忙しいのにごめんね。ありがとう。」と返事ができるほど意識もはっきりしてました。手術のことを心配していた実家の両親に、報告の電話もしました。全身麻酔で、術後は朦朧としていた母とは違い、つい先ほどまでお腹を開いて大きな異物を取り出した人間とは思えぬ声に、安心したというより、驚いたようでした。
摘出した異物は1998g、ビニールパックに入れられて病室に届けられました。大きな塊が一つか二つ、ゴロンとしているのかと思ったのですが、小さいこぶのようなものがいくつもいくつもあって、一つ一つ取り除くのはさぞかしたいへんな作業だったであろうと、先生のご苦労が想像できました。
手術中は痛みを全く感じなかったのですが、やはり術後は痛みと不快感に苛まれ、うとうとしながら時間が過ぎていきました。そんな中、看護師さんが定期的に「大丈夫ですか」と訪室して、体温や血圧を計りながら、これからどんな症状が予想されるかを、とても丁寧に説明してくださいました。
大病院のように、流れ作業のごとく患者の間をぬって、異変がないかどうかを確認するのとは違います。そろそろ麻酔が切れて痛みが強くなるかもしれない、気分が悪くなるかもしれない、等々・・・。初めての体験に不安がいっぱいの患者にとって、その説明はとてもありがたいものでした。同時に、寒くはないか、体位は問題ないか、とても親身に聞いてくださって、まさに、“かゆいところに手が届く看護”でした。
「これから痛むかもしれませんよ」そう説明いただき、覚悟ができていたためか、鎮痛剤を追加していただくほどの痛みはありませんでした。しかし翌日、体を拭いていただき、着替えをはじめた時には、思わず悲鳴を上げてしまう激痛が腹部を襲いました。「どんなに痛くても、泣かれても、歩いていただきます!」看護師さんからそう厳しく促され、時間をかけてゆっくりゆっくりパジャマを着て、ひとつひとつの動作を確認しながら、やっとの思いでベッドからおりました。ふらつきながらも自分の足で立てた時には、思わず、「やった〜!」と心の中で叫んでしまったほどです。痛みをこらえながら、恐々と、ゆっくりゆっくり廊下を往復しました。術後、できるだけ早いうちに歩くことが、回復を早める手段だと、術前の説明で頭に叩き込まれておりましたので、とにかく一生懸命歩きました。
2階までの階段にも挑戦し、月曜日に手術を終えた患者さんと談笑されていた斉藤先生に、ご挨拶することもできました。「とにかく、歩く事が一番だよ。」先生からの励ましを頂戴し、入院中はできるだけ歩くように努力しました。なかなかガスが出なかったため、看護師の方々にご迷惑をおかけしましたが、食事もおいしく、毎食きちんと食べることもでき、3日目以降は設備の行き届いた病室で、入院生活を楽しむ余裕もあったように思います。
退院前日には、おいしいお寿司とケーキが出され、ゆっくりと昼食をいただきました。夜は、斉藤先生自らが調達してくださったアイスクリームをいただきながら、楽しいお話を伺うこともできました。私達の手術の事に始まり、日本だけでなく、世界各国にいらっしゃる先生のご友人のことなど、尽きない話題に、先生の偉大さを感じました。と同時に、翌日はまた朝から手術でいらっしゃるのに、12時過ぎまで私たちの相手をしていただけたのですから感激です。居心地のよいクリニックでの入院もあっという間に過ぎ、とうとう退院の日を迎えました。
- ●一人での退院から術後療養
- 実家の母が付き添うと張り切っていたのですが、遠方から、膝の痛みをかかえて上京してもらうことがためらわれ、一人で退院することにしました。荷物は宅配便を手配いただき、バック一つをかかえ、ゆっくり、ゆっくり、鶴見市場駅まで歩き、電車を乗り継ぎ、妹の家まで辿り着きました。
不安がいっぱいだったのですが、やればできるのだ!そんな達成感も味わえました。その夜は少し熱も出ましたが、4人の姪と甥が賑やかに退院祝いをしてくれ、無事に手術を終えた感激をかみしめました。義弟もいろいろと配慮してくれ、術後は何があるかわからないから・・・、と2週間ほどそのまま妹家族とともに過ごしました。
術後の傷口消毒にも通い、2回目の消毒後に新幹線に乗り、実家に帰りました。両親は傷によくきく温泉に連れて行こうと、予約をしていてくれたのですが、まだ入浴ができなかったため断念しました。傷口が針金で括られていたため洋服も制限され、歩くときも前かがみになってしまう姿勢から、すっかり病人扱いで、そのことに甘え、のんびり療養させてもらいました。
抜糸のために11月中旬に東京に戻った後も再度妹の家族に支えられ、三食昼寝つきの生活を1ヶ月も続けさせてもらいました。
今回の手術入院は、不要なものを取り去ると同時に、両親はもとより、兄や妹、その家族の有難みを実感した貴重な時間でもありました。
- ●仕事復帰
- 予定よりも5日ほど遅れて仕事に復帰しました。上司や同僚の配慮によって、勤務時間を調整してもらったりはしましたが、欠勤中の業務整理や、年末の忙しさも手伝ってついつい無理をしてしまい、年明け過ぎから体調がすぐれず、胃痛と便秘、下痢の繰り返しが続きました。
思いきって斉藤先生にメールをし、切除したものが大きかった分、体調回復には時間がかかることを返信いただきました。少しずつ食事をとるようにもアドバイスいただいたのですが、仕事中はなかなか思うようにいかず、その後も時折同じ症状が続きました。
きちんと体調が回復してからきれいな術後のMRI画像を撮っていただこうと思い、やっと広尾メディカルクリニックを再訪したときには術後8ヶ月も経っていました。
- ●術後検査
- 初診からちょうど1年後、MRI検査の画像を携え、斉藤先生に術後の診療を受けました。
「筋腫が大きかった人には説明しやすい。」先生はそうおっしゃいました。そして、術前と術後の画像を指し示し、丁寧に説明してくださいました。術前の画像には自分でも驚くほど大きな筋腫が映し出されていたのに、術後の画像には影も形も無くなっていたのです。
それを見て、長年筋腫によって押し上げられ、本来の居場所を失っていた胃や腸などの臓器が、広々としたスペースに戸惑っているのだという事を、この目で確認できました。10年以上かけて少しずつ大きくなったものが、一気に取り去られたのですから、やはり何らかの症状が出るのはしかたがないのだと、つくづく思いました。斉藤先生も、回復には個人差があると説明してくださいました。手術さえうければ、すぐに元気になれるものと信じて疑わなかった自分の考えが、いかに浅はかだったかを反省しました。
多くの子宮筋腫の患者さん達が、「もう、子宮は要らないでしょう」そんな屈辱的な言葉に心を痛めたとよく聞きます。幸い私は、理解あるお医者様達にめぐり合い、積極的な治療は受けなかったものの、きちんと診察していただくことができました。
最終的には高い医療技術を誇る斉藤先生に、望む治療を施していただくことができた幸運の持ち主だと思います。
まだ、便通も本調子ではありません。手術前の重度の症状がなかった分、もう少し苦労をしなければならないのかもしれません。少しずつ、焦らずに、たまには体調が悪い事もあるさ!と自分の体をいたわりつつ、無理せずじっくり回復を待とうと思います。
一人の先生が、初診から手術、そして手術後の経過をきちんとケアしてくださって、贅沢なまでに行き届いた完全看護による入院療養ができる。やはりそれは、今の日本の医療保険制度の中では叶わないことです。自費診療であることは、それなりに理由があることを、身をもって感じました。
多くの悩める子宮筋腫患者のために、斉藤先生がいつまでもお元気で高い技術を駆使されることを心からお祈り申し上げます。
入院中お世話になった、広尾メディカルクリニックのスタッフの皆様にも、心からの感謝をお伝えしたいと思います。ありがとうございました。
| 術前(Pre-OP)のMRI |
術後(Post-OP)のMRI |
摘出物 |
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