現在、妊娠26週目です。腺筋症の手術から2年半、40歳で妊娠しました。妊娠を望みながらも、半ば諦めていた矢先の妊娠でした。以下に、手術から妊娠までの私の体験をレポートします。 ●腺筋症の手術を受けるまで2000年に35歳で結婚しましたが、なかなか妊娠する気配がなく、結婚3年目にして不妊相談に行ったK総合病院で、子宮筋腫が主で子宮内膜症もあると言われました。そういえば、30代になってから年々ひどくなっていく生理痛が鎮痛剤を使っても効かなくなっており、出血の量も半端ではありませんでした。 治療法は、子宮筋腫には手術、子宮内膜症にはホルモン療法と言われました。それでも「妊娠できるかどうかわからない」と告げられたショックと、手術の必要性があるのか疑問を持ち始めた頃、本当にこれ以上の治療法はないのかと思い、何気なくインターネットの検索エンジンに「子宮内膜症」と入力してみました。そこでヒットしたのが、広尾MCだったのです。 へぇ、こんな病院があるんだ、というのが第一印象でした。子宮内膜症は手術できないと言われたのに、この病院では子宮を残して手術で子宮内膜症を治している、私も診てもらおう、とすぐに心が決まり、初診の予約を入れました。2003年の3月のことです。 斎藤先生の診断は「腺筋症」でした。子宮内膜症をひどくしたものが「腺筋症」だと教えて下さり、「でも、手術できれいに治るよ」とおっしゃいました。説明があまりにも明確だったため、並々ならぬものを感じ、6ヶ月先になる手術の予約だけ取り付けて帰りました。両親や友人たちは広尾が個人病院であること、自費診療であることなどを理由に、「ほかの病院を探したら…」と、広尾で手術を受けることに反対しました。 そのため、もう一度、川崎市内のS大学病院で受診しました。「腺筋症のような気がするけど、子宮筋腫って言われたの?」というK医師のひと言と、お決まりの治療法を聞き、改めて斎藤先生の診断の的確さを知り、あの先生はやはり本物だと思い知らされることになったのです。これで、私の気持ちは固まっていました。 夫は中国人で母国の中医学を勉強しており、私たちの仲人も中国人の西洋医師です。仲人夫妻は「子宮内膜症で保存手術などありえない」と、手術に反対しました。夫は夫で、「子どもが欲しければ、代理母に産んでもらえばいい。みんなの反対を押し切ってまで手術しなくてもいいじゃないか」と言いました。中国の富裕層では、代理母という選択はそれほど珍しいことではないのです。 こうして、不妊相談がきっかけで広尾で手術を受ける事態になったのですが、子供ができるかどうかは別として、その時は「この痛みがなくなるのであれば、ぜひ手術を受けたい」と夫を説得し、しぶしぶ手術に同意してくれました。 ●妊娠を望んだが・・・手術は2003年の8月。斎藤先生のおかげで、術後、腺筋症の症状は劇的に改善されて、あの猛烈な痛みも恐ろしいほどの出血も見事に(1000分の1程度)軽くなりました。このまま行けば妊娠も夢ではないと単純に考えていました。夫が子ども好きで、私の親友の子どもを一日中でも遊ばせていることができるほど子煩悩な人だということもあって、なんとか夫のために子どもを授かりたいと望むようになりました。 この体験談レポートにも、何人もの患者さんが腺筋症を克服して赤ちゃんに恵まれたという実話が載っていますし、私が入院中にも、腺筋症の手術から1年9ヶ月目に妊娠したという本レポート99号の細井さんが、妊娠の経過を報告しにいらしていました。 そんなこともあって、もしかしたら私も妊娠できるかもしれない、と期待する気持ちは捨てられず、心の片隅にいつも妊娠への願いを懐いていました。 しかし、手術から1年半が過ぎてもいっこうに妊娠せず、40歳を目前にして不妊治療を受けようと、2005年3月、川崎市内のS大学病院を受診しました。ここは以前、セカンド・オピニオンで腺筋症の疑いありと診断した病院です。 卵管造影や子宮鏡などの検査をして、K医師が言うには「腺筋症の手術をしたということだが、左卵管が詰まっていて、子宮が癒着しているようだ。妊娠を望むなら、癒着している部分を剥がす手術をする必要がある」とのこと。 癒着は開腹手術後の過程で誰にでも起こる可能性のあることなので、斎藤先生の執刀の技術とは関係なく、癒着が起きてもそれは仕方ないと思い、重症の腺筋症患者であった私は体質的にも癒着しやすいのかもしれない、と思ったりもしました。 念のために、東京の国際医療センターでセカンド・オピニオンを求めましたが、ここでも私が持参したMRIの画像を診て「癒着している」と言われました。ただし、ここのG医師と最初に不妊検査を受けた川崎のS大学病院のK医師とは知り合いとのことで、「あの先生がそういう診断をしたのなら、間違いないでしょう」ということだったので、はたしてセカンド・オピニオンとして有効であったかどうかはわかりません。 ●中医薬で体質改善妊娠するためには癒着を剥がす手術が必要だといわれても、また癒着する可能性がないともいえないので、すぐに手術を受ける気にはなれず、まず中医薬で体質を改善することにしました。夫はもちろんのこと、私自身も鍼灸を勉強してきた身であるため、中医薬で体質改善を図るという選択はごく自然の流れでした。 2005年5月、夫とともに中医薬の名医を訪ねて瀋陽、上海、北京を旅してきました。最終的には、北京の不妊治療専門病院(西洋医学と東洋医学の総合病院)で、中医薬の処方を受けることを選択しました。これは顆粒状になった何種類もの薬材を一緒に煎じて飲むというもので、これを6ヶ月続けました。 飲み始めて1、2ヶ月は下痢に悩まされました。これは瞑眩作用(めんげんさよう)とよばれるもので、身体の余分なものをとり除くという効能の1つだと考えられます。しかし、半年たった11月なっても、妊娠に関係する基礎体温のリズムの乱れが改善されたり、MRIの画像が変化するなど、特に目立った自覚症状を感じるところはありませんでした。 翌年の2月には、子宮鏡下手術を考えていたので、ここでやめてしまっては中国まで行った意味がないと、今度は岡山に在住する中医師の処方で続けることにしました。 ここまでくると、夫も仲人夫妻も励ましはしたもののやや呆れ顔で、「癒着の手術をしても、40歳という年齢では、妊娠する可能性は少ないよ」と、私が期待しすぎないように気を遣ってくれ、私自身も妊娠を諦める気持ちが次第に大きくなっていきました。 ●妊娠を諦めたら・・・もう妊娠は無理。子ども好きの夫には申し訳ないけれど、私には妊娠は無理。そう心の底から思えるようになって2005年は暮れました。 ところが、新年を迎えてしばらくして、体調の悪さが気になり始めました。風邪のような症状、のどの痛み・鼻声・悪寒や胃の圧迫感、むくみが続くのです。生理の予定日を過ぎても、少量の出血が続きました。 この体調の悪さと不正出血は、きっと悪い病気に違いない。腺筋症はガンに移行することがあると聞いたことがあるから、もしかしたら子宮ガンかもしれない。そう思うと、このまま放置しておくわけにもいかなくなって、世田谷のU産婦人科に行きました。忘れもしない1月20日です。 U産婦人科は不妊治療では定評のある病院です。エコーで診察を受けると、なんと「妊娠しています」と言うのです。「そんなことはありえません。第一、子宮が癒着していて、妊娠するには手術が必要だと言われているんです」と私。T医師も驚きながら「癒着していても妊娠しないとはいえないんですよ!」笑う。まったく考えてもいなかった事態です。 念のために受けた尿検査でも妊娠反応が出て、すっかり諦めていた私の子宮に新しい生命が芽生えていると確定したのです。 ●生まれてくる子はどっち?U産婦人科からの帰り道、神様はいるんだ、と全身から感謝の念がわき上がってくるのを抑えることができませんでした。何よりも、子宮を残して腺筋症を治してくださった斎藤先生の存在なくしては、この妊娠はありえません。ほんとうにありがとうございます。 子ども好きの夫が大喜びしたのは言うまでもありません。「子宮内膜症で保存手術などありえない」と言っていた仲人夫妻も、妊娠の事実に驚いたようです。 妊娠が分かって、夫と「そういえば、あの占いの予言は当たっていたね」と思わず顔を見合わせた出来事がありました。 中医薬を訪ねて中国を旅した前年の5月、訪れた瀋陽で夫とともに遊び半分で「占いの館」に入ったことがありました。占い師に問われて、私の生まれた年を教えました。1965年生まれは、日本では巳年ですが、中国では未年とのことでした。 すると、占い師は「今年中に妊娠する」と言ったのです。当たるも八卦、当たらぬも八卦、と適当に聞き流していたのですが、なるほど、妊娠が分かった1月20日は、旧暦の中国ではまだ年内。「今年中に妊娠する」という予言は、見事に的中したことになります。 占い師は「生まれてくる子は女の子」とも予言しました。妊娠がわかった瞬間、私は男の子のような気がしましたが、はたして、こちらの予言は当たるでしょうか。 私は出産予定日は9月の半ば。子宮の手術をしているうえに高齢初産というハイリスク妊婦ではありますが、なんとか無事に出産の日を迎えたいと思っています。 私のように重症の腺筋症であっても、40歳を過ぎても、子宮さえ残っていれば妊娠できるということを身をもって経験した今、腺筋症や子宮筋腫で悩んでいる皆さんにも、ぜひ希望をもって、斎藤先生のもとへ受診に訪れてほしいと願っています。 そして、子宮保存手術を手がける医師が、斎藤先生のあとにぜひ続いてほしいと切に願います。この幸せを、斎藤先生に巡り会えた今の時代の患者だけのものにしてはいけないと思うのです。赤ちゃんを抱く幸せが、私のあとに続くたくさんの患者さんにもたらされることを心から願っています。
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