- 2006年5月、私は、3人目の子を出産後、仕事を再開しました。今40歳ですが、心身ともにとても元気で笑って明るく暮らすことができています。
- ●生理痛がひどいもの経血量が多いのも当たり前の前半生
- 私は、中学の頃から生理が重く、その頃から既に婦人科の診察治療を受ける程でした。以来、生理期間の痛み止めは当たり前、経血量も多く、生理が憂鬱でたまりませんでした。 しかし、最初からそうであったため、軽い生理、普通の月経を知りませんでした。そうこうしているうちに大学時代には再び婦人科を受診するほどになりましたが、そこでの診断は月経困難症。そのうち治るといわれ、根本的解決には至りませんでした。
長い間、痛みと多めの経血量をだましだまし、結婚。仕事柄、女性の多い環境で、周囲の「子宮筋腫で摘出手術をした」という話を多く聞く機会がありました。
その頃、子宮筋腫で評判のいい病院はどこだろうとネットサーフィン中に広尾MCのサイトに辿り着きました。当時はIDパスワードの必要な会員制サイトでしたが、情報が正確でオープンなので、自分には関係ないものの興味がある話、としていつもサイトを訪れては情報収集していました。
その後、長女を妊娠。切迫流産切迫早産でのべ7ヶ月も入院し、やっと生みました。続けて長男を妊娠出産。母乳だったのでしばらく生理がとまり、この頃は妊娠&育児による生理のストップで生理痛と経血量のことを忘れる日をもらえていました。
ところが、長男出産後、会社復帰して2年経過くらいすると、また忘れていた生理痛が復活。同時に経血量が以前にもまして増大してきました。かかりつけの近所の婦人科へ行くと、筋腫ができている3センチ×4センチのが1つ、あともう1つ小さいのが。様子を見ましょうと漢方を処方されましたが、漢方では生理痛の緩和にもならず、残念な思いをしました。 よく言われることですが、生殖年齢にある30代はホルモン等の関係で筋腫もどんどん大きくしてしまうのだそうで、様子をみるとは筋腫を育てるにすぎなかったのかもしれません。
経血はもはや生理用ナプキンでは吸収しきれず、スカートを汚して出先からタクシーで帰ったこともあります。生理期間中は夜も安心して休めないので、1ヶ月のうち1週間は活動に障害を感じていました。貧血気味でふらふらしたり、激しい痛みで寝込んだり。経血があまり増えたので介護用おむつを用意していたほどでした。30代女性としての生活の質は著しく低下していたのです。
- ●実際に広尾MCの門をたたき、新しい人生へ
- この頃、再び広尾MCのサイトを訪れました。それまで自分は、ここに載っている人ほどひどくはない、と思っていたのですが、だんだん「この人のこの状況、あるある!同じ同じ!」、と共通する症状が増えていったのです。
どんどんひどくなる症状と、仕事や家庭と自分の年齢を考えたときに、我慢はもういやだ、と思うようになりました。広尾の門をたたくのは時間の問題でした。
それまで敷居が高い感じがしたのと、そこまでひどくないというキモチと、高そうだということで躊躇していたのですが、2001年、子供たちの夏休みを前に思い切って電話をしました。あっさり予約がとれ、初診の手続き。すべてはここからスタートしました。
婦人科の診察は、なれていてもいやなものです。まず、提携の佐々木病院でMRIを撮るよう指示をうけ、行ってきました。創立者の胸像にケンタッキーのおじさんのかぶりものをかけるようなユーモアある病院でした。そこで何回目かのMRIを撮り、すぐにその画像を持って広尾に行きました。
待たされることが常の婦人科受診にあって、お花のある素敵な空間の建物で、私以外は直前の人しかいない状況。拍子抜けするほどシンプルでした。やがて名前が呼ばれ、サイトでは何度も拝見している斎藤先生に。先生がMRIを見て、それまで「子宮筋腫が数個あります」と診断されていた私は「筋腫じゃないね、腺筋症だよ」と看破されてしまいました。当時ネットで筋腫のことを調べまくっていた私はその瞬間、「腺筋症を根治させるには全摘手術だけだ」と思い出しました。たとえ手術が何百万だろうと、ここで治す!ことにやっと腹が据わりました。それまでは、価格の高さに躊躇したからです。 先生は丁寧に絵を描いて説明してくれました。その時点で手術はもう受けるつもりでしたから、2年待ちということにも、あともうこの苦しみは2年でいいんだと明るい希望が出ました。
子供たちの休みに合わせて長い休みのときがいいと申し出ると、先生は「これで妊娠したの?普通不妊症の人が、調べた末にこういう状態になってるとわかることが多いんだよ」と教えてもらいました。私の過去2回の出産は奇跡に近かったのか、と驚いたものです。今でも多くの方が腺筋症のために赤ちゃんを授かることができないでいることは後から知ったことです。
(そうだ、婦人科には、当然あるはずの内診は術前、術後ともに1回もありませんでした。とてもうれしいことですよね。) こうして私は手術待機リストに入れてもらい、どんなに遅くても2年待てばこの重い生理から開放される、とこれまでとは全く違う心持ちとなりました。
そんなある日、初診から3ヶ月、9月2日日曜の午後3時ごろでした。比較的家の近い私に、手術キャンセルが出たとの連絡が入りました。聴けば9月5日に手術できるけどどうするか。ということでした。NOといってしまえばまた2年待つことになる。私はその場で行く、と答えました。
当時職場の上司が女性部長だったので、詳しく事情を話し、私は火曜の午後から有休をとることにしました。手術をするのにこんなに弾む心になるなんて、こんな心境でした。
手術は水曜。前日に佐々木病院で術前検査をしておきます。当日指定された時間に広尾に行き、準備をします。個人病院なので、家庭的な雰囲気のまま準備がすすみます。他の患者さんたちに会うこともありません。
手術そのものは、記録を見返すと順調でした。半身麻酔なので耳も聞こえるのですが、私は腰痛もちなので手術台が硬く、すぐに腰が痛くなって(いる気がして)訴えると、「じゃあ眠ろうか」ということで眠くなる為の処置で眠ったからです。
「終わりましたよ」の声で起きると、手術は無事終わっていました、あっけないくらいに。 手術後、自分の部屋で麻酔から醒めたときには術後特有の激痛に襲われましたが、その痛みであのつらさと決別できるなら、超えられないものでもありません。
何度かいろいろな病院にいろいろな理由で入院している私ですが、広尾MCほど快適な時間はありませんでした。保険がきかないための短い入院ですから、1日1日やることがあり寝ているばかりでもないのですが、ビデオや本など、思うように楽しめ、家族が来たときもくつろげました。
何より、ペンションかホテルかといった部屋は、完全にプライバシーが保たれ、大部屋で疲弊した入院生活をしたことがある私には最適でした。
通常の退院後と違い、普通の病院ならまだ入院しているはずの日数で出てくるので自分で管理が必要です。とくに、痛みを感じやすい私には、寝ているだけでも苦痛でした。いくつかの心配ごとも退院後に先生に直接メールで問い合わせることができるので安心でした。癒着を防ぐのには腸を動かして、という先生のアドバイスのように、毎日きちんとトイレでがんばることも忘れませんでした。原始的なようですが、それが一番なのだそうです。
手術には事実、費用がかかりました。私は、必要な投資だったと思っています。というのは、生理が再開して、本当に出血量と痛みがうそのように軽くなったからです。これでいいの?という生理。ほんとうはこっちが正常な状態なんだと思うと、早く決断すればよかったと後悔するのでした。
生理がラクになると、生活することが楽になり、今まで苦しかった1ヶ月のうちの1週間がなくなったので、もともと元気だった私は、もっと元気に明るくなりました。仕事でもがんばりがきくようになりました。笑っている時間が増えました。本当に幸せを実感できたのです。
こともあろうに当事の勤務先の仕事がそのせいかどうか「がんばれ過ぎて」しまい、その後別の意味で体を壊し、会社を退職することになったのですが、その後は今度は本当に元気になりました。
「生理が普通」って「すばらしいこと」だし、同時に「とても人生で大事なこと」です。普通の女性の状態、これは手術をしなければ体験できないことでした。自分の状態の異常さを身をもって知り、驚愕さえするほどです。
ここまでの経験をお話することで、身近で子宮筋腫に苦しむ方お二人に広尾MCをお勧めし、そのお二人ともが手術を受け、見違えるほど元気になられ、人様のお役に立てたことをまたうれしく思っています。
- ●神様のギフト
- さて、手術から4年。すっかり体調がよくなった私は40歳になろうとしていました。前述のように2人の子を出産後は腺筋症がひどくなる一方でしたので、子供はもう授からないもの、終わったことと思っていました。
また、広尾で手術を受けたのは生殖目的ではなく、生活の質向上が目的でしたし、3人目を持つというのは考えてもみないことでした。 ところが、運命とは不思議です。自分の体の声をきき、楽しく明るく暮らせていたら、40歳を目前にして、私は妊娠していたのです。おどろきました。懐かしい微熱のある吐き気の日々が来ました。
あのとき、腺筋症を全快させたくて、別の病院で外科的根治療法という名の子宮全摘出を選択していたら・・。
というわけで、私は今回の妊娠を生むものとして躊躇のすきまもなく病院に確定診断をうけにいきました。そこで年齢と出産歴と術歴を問われ、「リスクが高く、保証できないから腺筋症の執刀医(斎藤先生ですね)の許可が必要、そうでないと責任とれない」といわれたのです。
そこで4年ぶりに斎藤先生に連絡を取りました。斎藤先生は、「術時、子宮の内膜などをかなり触っているので(赤ちゃんが)流れやすいから、ここに相談にくるくらいなら寝ていなさい」という指示を下さいました。斎藤先生は、「今回の妊娠で何かあったら医者同士で話してあげるから」とも言ってくださいました。(先生がご多忙で看護師さんからの伝え聞きですが)
そして、私は病院を変え、都下のK大学病院周産期センターのお世話になることにしました。ここでは広尾MCでくれた手術ファイルを、主治医チームの先生方に見せ、妊娠の出産のリスクなどを細かく相談することができました。超音波で腺筋症手術の影響による子宮壁の薄さをかなり早期から指摘されました。が、その後、切迫早産になりながらもMFICUなどでの入院を経て、無事帝王切開(広尾で横切開なので同じ方向、傷口は1つです)で男児誕生となりました。実に広尾MCの手術から4年、前の出産から12年のことです。
(この帝王切開手術の詳細は私のブログにも掲載しています。http://ushiho.blogzine.jp/idobata/2006/04/index.html)
- ●手術を思案している方へ
- このサイトを訪れて、受診しようかどうか迷うには
- 高い診療費をどう考えるか
- ここに書いてあることは本当なのか
- 自分はそれほど重症ではないのでは?
の3つがあるのではないでしょうか。私の考えがご参考になれば、と記します。
- 診療費が高いことは、事実です。なぜ高いかというと医療保険が使えないからです。(民間の入院保険はおります)一部には使えるのでは?と思うでしょうがそこが今の保険制度のネックなんです。仕方ない。普通の人にとって230万前後の費用を出すことは簡単ではないと思います。私は、「快適な暮らしを買う、そういうものに払うために働いたのだ」と考えることにして、将来のためにととっておいた財形貯蓄の1部を払い出しました。健康をお金で買うことができるなんて、腺筋症については本当でした。自分の選択に誇りを持っています。
- サイトには都合のいいことばかり書いてあるのでは?という心配は何のサイトでもあると思います。実際、ちょっと違うのでは?と思うこともあるかもしれません。1つ言えることは、もし、「?」と思ったとき、斎藤先生にはそれをぶつけて受けてくれる度量があるということを伝えたいです。実は初診のとき、斎藤先生は、ぶっきらぼうでした。こんなはずではないと思ったのでメールで私に失礼があったためでは、とお伝えしたら、全く違うよという回答をすぐにいただけました。また、先生はサイトの中に、摘出せざるを得なかったケースを掲載しています。これが信頼に足りる証拠、と私は思います。
- 最初、経験談を読んで、最初は私なんてまだまだかわいいものだ、と思っていました。生殖年齢にある以上、子どもを大きく育んでしまうポテンシャルを持った子宮は筋腫まで大きくしてしまうのだそうです。手術予約が先までうまっていたり、なんらかのハプニングで治療に専念できない環境になることも考え合わせると、1日も早く受診したほうがいいと思います。ただし、同時にこれだけネットで情報が得られるのですから、自分のこだわり(手術法、価格、入院日数など)は追及したほうがいいと思います。私はシンプルに、「臓器摘出がなく、完治できる治療」がこだわりでした。あとから摘出したものを比較すると、重さも量も体験談の他の人より少なめでした。でもこれは比較するものでもないと思います。なぜって、私は「苦しかった」のですから、それで十分。何百グラムまで大きくならないとだめ、ではないと思います。
私は、今の仕事(http://www.and-coaching.com)で、夢に向かう人を応援する仕事をしています。もし、私の経験が、生活の質を脅かすまでに子宮筋腫、腺筋症に苦しめられている方たちのお役にたてるなら、喜んでご対応させていただきます。 相談メール宛先 ushiho@cronos.ocn.ne.jp
| 術前(Pre-OP)のMRI |
術後(Post-OP)のMRI |
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