●私が、子宮筋腫とわかったのは、2004年7月の会社の健康診断です。
子宮が、腫れてるから専門の病院へ行くよう言われても、便秘でお腹が張っているだろうと気楽に考えていたのです。念の為と行った近所の婦人科で、巨大な筋腫があると言われ、すぐ大学病院を紹介されました。
大学病院で、「5センチと8センチの筋腫があって、壁も引きつれて、薄くなっている。あまりに筋腫が大きくて卵巣もわからない」との言葉で、やっと事の重大さがわかったのです。私は、「独身なので、これから結婚して子供も産みたいです」と、必死で食い下がりました。
すると、その医者は「なるべく子宮は、残すようにするけどあまり穴ボコだらけでもね」と誠意の無い言葉を言われ、自分の子宮が無くなるかも?と絶望感で、涙が止まりませんでした。
●ホームページを必死で探して
家に帰って家族と話し合いをしている時、今の病院にまかせてたら、子宮をとられてしまう!子宮を残してもらえる病院は?と必死にHPを探して見つけたのが【広尾メディカルクリニック】でした。
HPを必死に読み、ここに行って先生に駄目だと言われたら、諦めると・・・。でも、先生ならきっと手術してくれると・・。夏休みだったので、休み明けを待ち不安な気持ちで、予約を取りました。まだ、MRIも撮った事のない私は、9月に佐々木病院で、MRIを撮り午後に広尾メディカルクリニックへ、到着しました。
緊張してクリニックに入ると、2階で入院している患者さんが、楽しそうに笑ってお食事してました。診察を受ける前の私は、私もあんなふうに手術して笑える日を迎えたい!そう願いました。でも、看護婦さんに呼ばれ、先生にお会いしてMRIを見た瞬間泣き崩れてしまいました。初めて見る自分のお腹のMRIは、HPで見るよりも大きい巨大な筋腫でいっぱいだったのです。
これがひどい状況なのか、わからない妹と、絶望的と思ってしまった私に、斎藤先生が、優しく紙に図を書いて、何も知識が無かった私達に丁寧に説明してくれました。そして、『取れるよ!子宮は残せる』と言っていただいた時の事は、今でも鮮明に覚えています。
手術は、1年待ちとの事。でも、子宮を残してもらえるなら1年くらい待っても良い!と思いました。
●麻酔に怯えていたのに爆睡しました
1年は、あっという間に来てしまい先生にお腹の脂肪が、厚いからくっつくの大変だと言われたので痩せようと決心しましたが、結局1年後もそのままで、術前検査の時MRIを見て反省しました。
手術は、2005年7月末でした。会社の夏休みも入る時期だったので、良かったのですがその年は、地震が手術の2日前にあって、手術の翌日は台風と波乱な一週間となりました。順番は、2番目でしたが、点滴の針を入れてもらい準備が出来て待っている間の午前中が何て長いのだろうと思っていました。
いよいよ呼ばれ、手術台に上がった私は、背中に打たれる麻酔が怖くてしかたなくガタガタ震えてしまい、看護婦さんの手をギューっとつかんでしまったのですが・・・。しかし、麻酔が来る瞬間チクッとしただけでした。こんなに麻酔って痛くない?と思いながら爆睡。
次に起きたら、バチン、バチンと何かホチキスみたいな音が・・その後自分の部屋へ運ばれました。後で、家族に聞いたのですが、私が終わった後に先生が、きれいに取れたよと言ってくださって家族は、バンザイしてたそうです。
術後、安静にと、家族が帰るまでは元気だったのですが・・。その後、足の感覚が戻ってくる時にはすごいお腹がギューギューと痛くて大変でした。でも、今のより強力な痛み止めをやると癒着の心配と聞いたので、必死で我慢しました。結局痛みが治まってもその日はほとんど眠れませんでした。
●甘えない入院生活が必要な理由
翌日には、朝から歩く練習です。本当に自分が歩けるか心配でしたが、意気込んだら、貧血・・。でも、フラフラになりながら、何とか歩く事が出来て落としてしまったタオルも自分で拾う事に成功!その日からの入院生活は、とても快適でした。初めての入院生活でしたが、先生や看護婦さんに見守られ、一緒に入院した人とも一緒に歩く事や話す事もでき、個室なので、電話やメールも自由でしたし、怪我人だからと、甘えず自分独りでやることの素晴らしさがわかりました。看護婦さんは、何でも自分でやるようにと、厳しかったけど、それは退院してから必要な事だったと。
先生と一緒に食事した時に、お礼を言ったら『他だったら全摘だったよ』と聞いて本当にその通りだと思いました。カルテを見せてもらってこんなお肉の塊があったかと思うくらいの大きさの写真を見て、さぞ大変な事だったと、あらためて先生に感謝しました。
シャワーを浴びた時は、傷口まで濡らして看護婦さんに迷惑をかけましたが、嬉しかったです。お食事も、毎日が楽しくてお寿司とケーキが出た日は残すか本気で迷いました。初診の時に、笑顔でこんなふうに食事出来たらと思ってた夢が叶ったのですから感激でした。お茶会では、前に手術した方のお話が、聞けて大興奮し、その日は熱を出してしまった程です。
お腹のチューブを抜く時は、フーフー吹いていたら痛みは無くて安心しました。
退院前、先生に傷口の消毒の仕方を教わる為に鏡を見ていたら、お腹に凄い金具が・・。これは、外す時痛そうだと思っていて2週間後外してもらった時は、全然痛くありませんでした。
●次なる目標はお嫁に行くことです!
退院時は、先生や看護婦さんが見送ってくれました。私は、笑顔で無事退院できました。入院していた時は、何かあっても先生がそばにいてくれるので安心でしたが、退院してからの方が、私は大変だったと思います。幸い何事もなく無事に回復しましたし、何より傷が痛まなかったのと、日ごとに傷口がきれいになっていくのを見て嬉しかったです。
ただ、自分で傷口を消毒し薬を塗るのと、シャワーで防水シート貼って入るのは結構怖かったです。
2005年の11月末に3ヶ月後検診で、広尾メディカルクリニックに来た時は懐かしさと嬉しさと喜びとちょっぴり不安もありました。調子もすごく良いので絶対に大丈夫と思っていてもMRIを見てみるまでは、不安でした。久しぶりに先生に会ってMRIを見た時、私は大喜びし、涙ぐんでしまいました。おなかにビッチリとあった筋腫が無くなって、すごく小さくなった子宮が、映っていたのです。
その瞬間諦めなくて良かった、先生に手術していただいて良かったと心から思い感謝しました。感激していた私に、『早く妊婦さんになりなさい』と先生がにこっと笑って言ってくれた時は、とても嬉しかったです。私が、「じゃあ痩せてからがんばってお嫁にいって妊婦になります」と言ったら『痩せなくていいから、お嫁に行きなさい』と笑われてしまいました。
手術してからの私は、生理の量も少なくなりましたし、便秘も治りました。傷口もどんどん良くなり、温泉入る時も最初は気になりましたが、赤みも取れてきたので目立たなくなってきました。切り口もさすがレーザーです。脂肪が厚い私の傷もピッチリくっついてます。
今私が、毎日元気に前向きに明るく生活できているのも、斎藤先生のおかげです。先生のおかげで、一つずつ夢が叶えていくことができそうです。本当にどうもありがとうございました。お体に気をつけていつまでも現役で頑張って下さいね。
|
術前のMRI
|
術後のMRI |
 |
 |
|
摘出物
|
 |
Copyright(C)2007
HIROO MEDICAL CLINIC |