- ●元気な男の子が誕生
- 出産予定日より少し早く、3月9日に元気な男の子が生まれました。名前は理雄とつけました。リオという響きは、私の祖国ウクライナでも通じる呼び名です。漢字は日本人である夫が考えてくれました。もうじき8カ月、あやすとよく笑って、ほんとうに可愛いです。
こうして理雄を抱くことができるのも斎藤先生のおかげです。妊娠初期に子宮筋腫が見つかり、妊娠の経過とともにどんどん大きくなって、どこの病院を訪ねても解決の方法がなく、絶望的な気持ちになっているときに出会ったのが斎藤先生だったのです。
斎藤先生に、胎児を守りながら筋腫を取り除くというブラックジャックのような手術をしていただかなければ、今の幸せを手に入れることはできなかったと思います。
感謝の気持ちを込めて、以下に、妊娠19週で子宮保存手術を受けた私の体験をレポートします。
- ●どんどん大きくなる下腹部のコブ
- 妊娠がわかったのは昨年の9月11日。事前に家で妊娠検査薬を使って妊娠していることを確かめて、近所のクリニックに行き、そこで妊娠を確認しました。そのときに「小さな子宮筋腫があるけれど、妊娠の妨げにはならないから、全く心配ありませんよ」と言われました。妊娠した嬉しさで、子宮筋腫のことはほとんど気になりませんでした。
その1カ月後の検診までは問題なく過ぎましたが、その数日後に下腹部に異常を感じるようになりました。下腹部にさし込むような痛みが繰り返し走るようになり、痛いところをさわってみると、コブができているのが分かりました。気になって何度もさわっているうちに、コブはだんだん大きくなる感じがして、そのうちに下腹部が痛くて歩くのも大変になってしまいました。
このコブはいったい何だろう。これはただごとではないと、夫に付き添われてN医療センターに行きました。何より心配だったのは、お腹の中の子どものことです。こんなにお腹が痛いのは、子どもに何か異変が起きたのではないかと、私は気が気ではありませんでした。
医師の診断は、「コブは筋腫だと思うが腫瘍の疑いもある。でも妊娠しているから積極的な治療はできない。様子を見てください」というものでした。いかにも厄介な患者が来たというふうで、納得できるような説明はしてもらえませんでした。
- ●大病院はリスクをとらない
- 下腹部の痛みはおさまるどころか日を追って強くなり、不安でたまらず、今度は産婦人科で有名なS病院に行きました。ここではコブは筋腫と診断されましたが、やはり胎児がいるので手術はできないと言われました。
N医療センター、S病院ともに名の通った大病院ですが、診察を受けて感じたことは、大きな病院は決してリスクをとらないということです。胎児のいる子宮にメスを入れて筋腫を取るなどというハイリスクなことは絶対やらないのだと思いました。
次に行ったのは、「患者にやさしい病院」をキャッチフレーズにしているFクリニックです。患者の質問にもきちんと答えてくれると評判のクリニックで、医師の対応はN医療センターやS病院に比べると親切でしたが、やはり積極的な治療方法は示されませんでした。
病院めぐりをしている間も、痛くて痛くて、私は泣いてばかりいました。医師は、出産まで病院で安静に過ごすしかないと言いましたが、これから5カ月もの間、じっとこの痛みに耐えることなんて絶対にできない、早く何とかしてほしいと思いました。
どの病院に行っても解決方法が見つからず、泣いてばかりの私に夫も困り果て、「こんなに悩んだことは今までなかった。出口の見えないトンネル、という表現があるけれど、まさにそんな状態だった」と、後になって言っていました。
- ●まったく違った斎藤先生の対応
- どこかに良い病院はないものかとインターネットで検索していた夫が、広尾MCを見つけました。藁をもつかむ思いで予約の電話を入れ、10月27日に夫と一緒に初診にうかがいました。今まで行った病院とはまったく違うクリニックのたたずまいにも驚きましたが、斎藤先生の対応も今までの医師とはまったく違っていました。
Fクリニックで撮ったMRの画像を持参したのですが、それを見るや「大丈夫。手術できれいに取れますよ」とおっしゃったのです。確信に満ちたその言い方に夫は驚いたようで、「どこの病院でも手術できないと言われました。本当に大丈夫なのですか」と重ねて聞くと、先生は「100%手術できるから大丈夫。できなかったら引き受けませんよ」とおっしゃって、筋腫が比較的切除しやすいところにできていること、胎児への影響はほとんどないことなどを、日本に来てまだ4年目の私にもわかるように説明してくれました。
続いてエコーで診察した先生は、「赤ちゃんは元気だから安心して」とおっしゃいました。お腹の中の子どものことが何よりも心配だったので、先生のこの言葉にほんとうにホッとしました。
手術は11月9日。つらかったのは、胎児への影響を最小限にするために、術後の痛み止めの処方をしてもらえなかったことです。麻酔が切れる頃から傷口が痛くなりました。痛くて痛くて、でも我慢するしかないので、痛さを紛らすために夜通し歌を歌い、歌の合間に「タカ、たすけて」と夫の名前を呼びました。
夜が明けるのを待って夫に電話をして、すぐ来てほしいと頼みました。広尾MCは完全看護なので面会時間は午後からですが、私が日本人ではないこと、妊娠していて痛み止めを使えないことなどを考慮して、早朝にもかかわらず夫の面会を快く認めてくれました。どんなに心強かったことでしょう。
- ●斎藤先生に会いたかった
- 術後、妊娠の経過は順調でした。出産は小児ERの設備の整っているT医大病院ですることにし、3月9日に帝王切開で無事出産しました。妊娠中の手術というアクシデントを乗り越えての誕生ですから、ほんとうに嬉しくて、斎藤先生に心から感謝しました。
妊娠中、だんだんお腹が大きくなり、外出を控えて家にいる時間が長くなると、広尾MCがなつかしくて、斎藤先生に会いたくなりました。「先生、会いたいです」とお電話したこともあります。ですから、無事に出産して子どもを連れて斎藤先生に会いに行くことが、とても楽しみでした。
願いがかなって、生まれて3カ月の理雄を連れて、家族で広尾MCに行き、先生に息子を見ていただきました。先生は私たち家族をずっと昔から親しくしていた友人のような感じで迎えてくださり、楽しい時間を過ごしてきました。
ブラックジャックのようなゴッドハンドを持ちながら、フレンドリーな斎藤先生に、改めて感謝の言葉を捧げたいと思います。ほんとうにありがとうございました。
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